
石舞台古墳から橘寺へ移動。

橘寺は、聖徳太子の生誕の地とされている。法隆寺や四天王寺などと並んで、聖徳太子が建立された七大寺のひとつ。現在の伽藍は江戸時代のものだということ。

入り口の前に小さい駐車場と駐輪場が。

自転車置き場。

右近の橘。

左近の桜と、その後ろに耕耘機。

何か歌が彫りつけてある。

寄附をおこなった人々の記録。

HW君は、百円ぽっちの寄附で名前付きの石が建つの??という感想を持ったようだった。そうだよ。昔はそんな良い時代だったんだ。

時代とともに寄附の金額が上がってゆく。

観光地にある寺社と違って、ここはあまり沢山訪問者もいなさそうなのに境内がきれいにしてあるのは、やっぱり支援者の力が大きいのだろうな。

これは二面石といって、人間の心のようすを表している。片方には善の顔が掘られていて、もう片方には悪にゆがんだ顔が掘られている。とされる、が・・・どっちがゆがんでるのか実はよくわからない。

往生院というのがあったので行ってみることにした。謎のohjoin表記。

堂のなかに入ると、誰もいない。本尊さまの前に、天井に絵が書いて貼ってあるので、寝ころんで上を眺める。障子が開け放してあるので、風が入ってきて寒い。

花の絵がたくさん。

鐘を発見。”鐘はご自由について下さって結構です”と書いてあったので、ゴーンとやる。

お堂の中には入れる。御朱印帳などを売っている。

聖徳太子さんの馬。

春になると花がたくさん咲いて楽しそうだ。

橘寺の目の前に川原寺跡。飛鳥三大寺とか四大寺のひとつに数えられていた川原寺だが、今は衰微して何も残っていない。跡地に別のお寺が建っている、ということらしい。
飛鳥板葺宮跡

さて、橘寺から自転車で5分、今回の飛鳥の旅で最大の目的地に着いた。

ここは飛鳥板葺宮の跡と伝えられてる場所で、蘇我入鹿の暗殺事件などもここで起きたと言われているとか。教科書で見たときには周りに何もなさそうだなと思ったが、実際に行ってみると、思ってた以上に何もなかった。

僕達のあとに家族連れの方がタクシーで来て、宮跡の中へ入って見て回っている。飛鳥板葺宮の跡には、のちに飛鳥浄御原宮が建てられたとされていて、石の広場は浄御原宮のほうの復元物であるらしい。
飛鳥寺

次に飛鳥寺へ。板葺宮跡の北側すぐ近くにある。

ちなみにきょうは大晦日である。

中庭。

フェイスブックページもあるっぽい。

飛鳥大仏。撮影はご自由にとのことでした。

飛鳥寺のすぐ近くに蘇我入鹿の首塚がある。あまりにも簡単なものなので、最初は何か別にちゃんとした塚があるのじゃないかと思った。乙巳の変の時に、斬られた蘇我入鹿の首がここまで飛んできたという言い伝えがあるとか。

となりは畑になっている。

首塚のまわりの道。
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